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2020年10月14日水曜日

Bahasa

 

てな感じで、日常の大きな部分がインドネシア系で埋まることが多くなり
最近は会えないけれど、マレーシア人の友達がいることもあり
一緒にやりませんか、と誘われたこともあり
インドネシア語を始めました。


あれだけ一所懸命に勉強してたイタリア語も
今やほとんど使うこともなく錆びつきまくってるのに
また新しい言葉かい?


が、始めてみれば意外と楽しい、これが。


全く知らない言葉なので覚えるのが大変かと思っていたけれど
あれれれ、聞き覚えのある単語がボチボチあるんです。
そう、シンガポールでの記憶。


シンガポールはそもそもマレーシアの一部だったから、
地名や食べ物の名前にマレー語が多い。
そしてマレーとインドネシアは同じ民族で言葉もほぼ同じ。
(というか、広大なインドネシアで公用語を決める時にマラッカあたりで使われてきたマレー語を基にしたらしい)


Bukit Timah, Bukit Merah, Bukit Panjang,
Pasir Panjang, Tanjong Pagar,
Nasi Goreng, Mi Goreng, Nasi Padang, Mi Rebus, Ais Kacang, Rambutan
とかなんとかなんとか。


意味も知らず音で覚えてたいろんなものの意味がわかって、なんか面白い。


まだまだ小学生以下の語彙しかないけれど
もうちょっと頑張って
マレーシアの友達と英語以外でちょっとは話せるまでになりたいぞ
と思うのであった。


それにしても、イタリア語もインドネシア語も
一番覚えが早いのは食べ物系の言葉なのは、食いしん坊だからだな。


マラッカのチキンライス


2020年10月12日月曜日

Ethnic Night!



この時期はいつもあれこれお祭りやらイベントが多いはずなのだけど
例の「王冠」のせいで何もない。
芸能で生活している人には、収入が全くない状態が数ヶ月続くという辛い状況。


そんな中で、助成金をもらってオンライン・イベントやろうぜという話が持ち上がり
どうなるんやろう、どうやるんやろうと思いながら参加表明したのは
「Ethnic Night」と題したジャワ芸能のお祭り。
(YouTube チャンネル: https://www.youtube.com/watch?v=7lKnWxTfAQE



いつの間にか、ガムラン鳴らしながらヨガもやりましょう、
インドネシアとも繋ぐし世界中に発信ということで英語でお願いします、
ということになってしまい、ヨガ、英語、ガムランと
ある意味、ここ数年の集大成とも言える機会となり・・・。


ワヤンも、いつもなら十数人が集まって何回も練習するはずなのだけど
今回は「三密」を避けるために半分ずつ。
そんな中、濃厚接触者になってしまったメンバーの陰性結果を待ったりと
通しで練習することもなくいきなりの本番!


音響、照明などプロにまかせっきりとはいえ
オンラインでの配信も初めてなら、
オンラインで繋ぎながらそれをまたオンラインで流すのも初めてで
音がどんな風に聞こえるのか実験に近い状態で。。
いろんな意味でドキドキ。


でも始まってみれば、
設営からリハから本番から撤収まであっという間で
ドキドキしまくりで失態しながらも楽しくて。


ワヤンの演目は「Dewa Ruci」

紙切りパフォーマンスもあり

踊りは「Lambang Sari」


マスクして換気しながら距離を保ちながら除菌しながら
とまあ、めんどくさいことになりましたが
やればできるやん、と、嬉しくなり。


10年前くらいにSkype が普及し始めて
海外で暮らしていても日本の家族と普通に話せるようになったけれど
今では、オンラインで画像繋ぐのが普通になってきて
行けないけれどますます海外が近くなってきたような気もする。
国境が薄れるというか。


・・・いや、全然越えられないんだけど、今は。
(年始に申し込んでたフライトは全部キャンセルになったし)


主催者、スタッフ、会場が許してくれるなら
もう一度やりたいねーと希望をつのらせるのでした。



2019年11月20日水曜日

そしてミンパク




11月16、17日は
北大阪ミュージアム・メッセということで
万博公園も民博も無料の週末でした。



去年はハワイに遊びに行ってて参加できなかったのだけど
今年は私も出演。



ガムランだけの演奏のあとは
恒例のジャワ舞踊1曲
そして20分間のワヤンクリ。



あの黒川紀章氏がてがけた民族博物館、
ロビーの素敵な天井装飾の下、
計算しつくして下さった音響照明スタッフさんのおかげで
二日間ほんとうに心地よく演奏させていただきました。


今回のワヤンは幸せをくれるお花のお話
「ウィジャヤクスマ」

いつものようにウツクシイ


2019年10月25日金曜日

ガムランの季節

そろそろ秋になってくるとイベントが増えてきて

ガムランもいろいろあります。


まずは10月5日
去年も出演させていただいた大阪は難波の湊町リバープレースで
日稲国交記念のイベント「インドネシア・日本まつり」




演目は、ジャワ舞踊2曲にワヤン・クリ(鬼の兄妹の悲しいお話)でした。





それから、10月20日は
蛍池駅の近くのお寺でハーフデイ・ワヤン。
うちの師匠と仲間たち(いつものメンバー)主宰の4時間にわたるワヤンクリ。

ダランと呼ばれる人形遣いは今回は贅沢にも3人。みなさん本場の方々。
東京や四国からもメンバーが参加、日本人インドネシア人まみえて怒涛のアンサンブル。
京都のバリバリインドネシアさんの美味しいご飯を頬張りながら
歌と踊りに笑いあり涙ありの4時間半でした。






帰国してはや5年半。
こんな風に参加させていただけるようになりました。
やあ、楽しいです。


また来月、万博公園の民族博物館で演奏しますーぅ



2019年8月2日金曜日

今度は沖縄

久しぶりにハワイに行ったら、
今度は沖縄に行きたくなった。


今回の沖縄行きは、
岡本太郎本の翻訳で久高島を知ってしまったから。
斎場御嶽のことは知ってたけれど、久高島は知らなかった。


実は20代でダイビングのライセンスを取って以来
沖縄には何回も行っている。
本島はもちろん、渡嘉敷島、座間味島、久米島、石垣島(竹富)。
最初は、海に惹かれて行ったけど
そのうち、沖縄の文化や食べ物に惹かれてしまい
実は、我が家には三線もあるし大阪で歌三線を習っていたこともある。


NHK大河ドラマ「琉球の風」は必死で観てた。陳舜臣の原作も読んだ。
BEGINを聞くと泣けてくる。
わしたショップ」は行きつけ。
「麩くらむ」とシークァーサー・ジュース、コーレーグスピパーチは常備品。
誕生日(年はさすがに新しいが)に仕込んだらしい古酒がこっそり戸棚にしまってある。
家にシーサーがいる(マンションですし屋根には載せられん)。
とかとか、ほぼアホですな。



でも久高島のことは知らなかった。
イザイホーノロって知らなかった。



同じく、沖縄に移住さえ考えことがあったらしい同級生が
「久高島いこうよ」と
言ってくれてやっと二泊三日の久高島を巡る沖縄夏の女子が実現したのでした。


彼女が島でのガイドも予約してくれて
もう1人の同級生が、他の観光も選んでくれて
私はフライトとレンタカー、宿を段取りして
なんとも役割分担完璧な私たちは沖縄へ旅立った!





さて昼前のフライトで到着早々、那覇空港でブルーシールアイスを食べる友ふたり。
レンタカーをゲットした足でまずは沖縄そば。
食べてばっかりやん。

炙りソーキがうまし
ジューシーは欠かせない


宿をちょっと北の方で取ったので、
ドライブがてらグスク跡を見てからやちむんの里でお買い物。
魚柄のお皿と琉球ガラスのグラスを。


座喜味城跡
遺跡ってテンション上がるーーーーぅ



で、宿についてゆっくりして
島唄居酒屋にて飲んで食べて笑って歌った


オリオンも欠かせない




翌日やっと久高島へ。
レンタカーで南城市まで南下、フェリーに乗る。
久高島に着くと、ガイドのおじいがバンに乗って待っていた。


やや曇り空、でもめっちゃ蒸し暑い
ひたすらまっすぐな神の道をゆく

カベール岬は、神様がやってきたトコロらしい
(薩摩の後付け伝説と琉球の話を混同しないように、とおじいに釘を刺された)

御嶽とは?
いくつか回りながら説明を聞く熱心な私たち

イシキ浜
この時間帯から晴れてきた
ここで、女が男を守るためにお祈りをする
男は弱いんだそうだ、やっぱり

琉球王朝ゆかりの建物

最後にイザイホーの「ウドゥン(御殿)」へ
あちらの世界への入り口



たっぷり3時間ガイドしてもらい、久高島を堪能したけれど
まだまだ奥深い久高、沖縄の文化。


お昼ご飯にイラブー汁と海鮮丼を

お腹いっぱいなのに、ぜんざいを食べる友二人



夕方のフェリーで本島に戻り、その足で斎場御嶽へ。

世界遺産になって、観光客が増えて
まるで違う場所に来たみたい。
人が多い。うるさい。ここは聖なる場所だよ?







そろそろ暑さにやられてきた友ふたりをまくしたて
農産物直売所まで行ってマンゴーなどお土産を買う。


予約したあぐーのしゃぶしゃぶを中国人観光客に囲まれていただく。

万座毛の夕日

あぐーのしゃぶしゃぶ


ここまできて、まだ海にもプールにも入ってないと
最終日は早朝から泳ぐおばはん3人であった。



すっかり立派な那覇空港で
ルートビアを久しぶりに飲んでバーガーに食らいつく




やっぱり結局食べてばっかりやったね、女子旅。


ああ楽しかった。



2018年10月14日日曜日

観月のゆうべ:岸城神社

そしてまたお誘いいただきました。
南大阪岸和田の岸城神社にて奉納ガムラン&ジャワ舞踊。

今回で10回目となりこれもまた最後になるそうです。
最後の最後で踊りに演奏も参加させていただきなんともありがたいことです。

今年の台風で神社の建物も被害にあわれたようで、
屋根にはブルーシート、大きな木も倒れて切られていました。
宮司さんとともに無事だった社殿にて参拝をさせていただき
幻想的な明かりのもと、幻想的な会となりました。

考えてみれば去年の夏にバリ舞踊を見に行き
なーんとなく踊りたくなって始めたジャワ舞踊、1年たちました。
子供の頃、祖母に連れられてお稽古を見に行きその美しさに魅了されて始めた日本舞踊。
なんとなくずっと好きで続けてきた音楽。
子供の頃の水泳、学生時代のバスケ、大人になって始めたヨガ。体幹と呼吸。
そんなこんながこの歳になって集大成になってるのかもしれないとも思います。




楽曲:ウィルジュン
ジャワ舞踊:サリクスモ、スカル・ブディアストゥティ、スリンピ・アングリル・ムンドゥン
東ジャワ仮面舞踊:タリ・バパン
ジャワの詩の朗読モチョパット:即興舞

沖縄民謡:「花」「童神」
地唄:「由縁の月」踊りとともに



2018年10月6日土曜日

長野でヨガリトリート

シンガポール時代に最初に通っていたヨガスタジオのオーナーが長野県穂高でリトリートをするから一緒に来ない?と誘われたのは今年の5月。
誘ってくれたのは、アメリカ西海岸の赴任を経て現在東京にいる私の最初のヨガの先生。
主催の元オーナーは、現在オーストラリアの南西部にいるシンガポーリアンで、
学生時代を長野県で過ごしているので日本語がとても上手。その彼女が、今のオーストラリアでの生徒さんたちを連れて長野にやってくるという話でした。
・・・ややこしいいでしょ?笑


まあ、早い話が、英語しか話さないオーストラリア人たちと久しぶりに会う古い知り合いと一緒に長野で一週間過ごすということ。面白そう!



というわけで行ってきました。



ご存知の方も多いかもしれません。
穂高にある養生園
1日2回のマクロビ菜食(10時半と17時半)、22時消灯で睡眠をたっぷりとる。
山に囲まれ自然がいっぱい。温泉があり、セラピーがあり。
化学物質をできるだけ排除して、人間にも自然にも優しい暮らし。
そして自己免疫を高めるための養生をする。






今回のリトリートは、彼女と養生園のスタッフが考え抜いてくれたプログラム。
朝はヨガやウォーキングで始まり、
本当に美味しいブランチのあとはいろんなアクティビティ。
のんびりしたりお風呂に入ったり、はたまた歩きに行ったりイベントがあったり。
あっという間の一週間でした。







携帯の電波も入らない場所で、テレビもラジオもなく、
ただ風と雨の音を聞き、太陽の光を感じ、
みんなと会話を楽しみ、一緒に食事をしたり片付けたり。
体の緊張が徐々に解けていくにしたがって、心も柔らかくなっていきました。
泥臭い人間界よりまるで天界の方が近いような、そんな気持ちにもなりました。



最終日、みんなと別れることが嘘みたいで。
きっとみんなも、すごく特別な経験になったはず。
もちろん私にとってもすごく特別な経験になりました。









2018年9月5日水曜日

インドネシアー日本国交60周年記念
のお祭り でガムラン

というわけで、今度は大阪なんばの湊町リバープレース。
この日も天気が心配な予報でしたが、一日中雨も降らず
かといってカンカン照りでもない感じで、蒸し暑いけどもまあまだ大丈夫な感じでした。


朝から搬入&出番きたらすぐセッティングできるように用意を(リハは無し)。
夕方まで一日中ステージがあるので、他にも出演される方々がたくさん!
楽屋もわらわらで。


会場はテント屋根のあるステージにたくさんの出店。
旅行やら食べ物やら服やらアクセサリーやら雑貨やら。

コンテンポラリーなジャワのダンス


出番がお昼からなので、先に腹ごしらえをするのであった。
目移りしながら選んだのはやっぱり「ミーゴレン」

頭から日よけのショールをすっぽり被り
ぬくーいコンクリの縁石に座って食べるミーゴレン

他にも、ビーフルンダンにテンペゴレン、能勢の炭酸水、ジャワコーヒーのジェラートを買い食いし、タフゴレンにDariーKのチョコアイスにチョコバナナパンケーキ、ビンタンビールをつまみ食い。まさにお祭りですな。


シルバーのピアスを物色している間に、あっという間に1回目の出番!
ジャティランという、村祭りみたいに練り歩くのをちょっくらやって。

2回目は踊りと演奏。
相楽園と同じ演目で二曲。
この日は踊り手さんが一人増えてますます美しく豪華でした。



合間には他のバリ舞踊や演奏見たり、ジョグジャカルタから来られた踊りを見たり。
いやあ、盛りだくさんでした。
こんな色々一度にはなかなか見られないんじゃないでしょうか?



インドネシアの方も多く集まってインドネシア語が飛び交い
会場はもう大阪じゃないみたい。
喋れない私たちはアウェーな感じにさえなったのでした。


さて夕方からの3回目はワヤン。
時間が短いこともあって、演目が変わりビモが指輪を神様からもらうお話。
森で鬼と戦うところが見所なのだ。

頂き物のお写真でーす

撤収前にもうちょと見ようと出店を見て回り・・・
バティックのクッションカバーとジャワコーヒーをゲット。
結構、お金使っちゃいました、私。
はあ、疲れたけど楽しかった!






ほぼゼンインシュウゴウ


2018年8月30日木曜日

相楽園:にわのあかり でガムラン2018

今年もやってきました。
そして、今年も無事お誘いを受けましてガムラン出演。

今年は1日だけ、そしてお庭の中の芝生での踊りとワヤン。




・・・今年のこの暑さで戸外って大丈夫なのか 
という不安だらけで迎えました。
岸和田で始めて戸外で演奏してみたときも
気持がよかったというよりも 暑い!眩しい!自分の音が聞こえん!
と散々でありましたもんで。。。


当日は午後からセッティング。
前日は台風も来ていてなかなか不安続きでしたが
曇りからガンガン晴れて気温は34度まで上がり・・・
台風の残りのせいか風が強かったので戸外での作業はまだましだったかも。

はちみつ塩レモンを入れた水筒にコンビニで買った水のペットボトル、
合わせて1.2lは結構すぐに消費してしまいました。
ほとんど力仕事はしなかったんですけんどもね。

毎回これを組立解体するのって結構大変

西陽ガンガン当たる中のリハーサルでは、みんなグロッキー気味で。



でも、本番が始まると楽しいんですよねー


まずは東ジャワの仮面男舞 Tari Bapang から。
これ、旋律も踊りもかなり面白いです。
そしてやたら耳について離れない・・・
(踊りの写真はいただいたものです)




次に、いつもお美しい女舞 Lambang Sari




そのあとはお待ちかね、鬼の兄妹のお話影絵芝居。
今回初めてワヤンに参加させていただきました。
他の曲とはかなり違っていて、人形遣いとのタイミングがいまいちまだわからない・・・
けれど、演奏しながらもお話をちょっと楽しむ余裕もできてきた?かな?

ほぼ満月、ワヤンとの組み合わせが素敵


これも戴き物の写真
あまりに美しく撮ってくださったので



また、この週末に今度は大阪はなんばの港町リバープレースでやります。
また戸外。
しかも昼間。
やばい・・・



2018年8月24日金曜日

帰星:2018 夏

シンガポールの省略形って「星」って書くんですよね。
漢字では「新嘉坡」なのになんでやろ、
と思ったら「星加坡」「星港」とも呼ばれてたそうです。
何も考えずに「来星」「帰星」って使ってました。。。


というわけで、春に行きそびれてたシンガポへ再び。

まあ日本のお盆休みということで、
日本人友たちはほぼシンガポーにいないというなんともおかしな状態でして。
それでも毎夜の夕食はすべて予約済みという状態で。




2年ぶりに帰って?きたら
なんだか街がこぎれいになっていた。

えっ、もともとシンガポールってきれいじゃない?って思ったあなた、
裏道やらHDBのあるあたりを歩いたことがありませんね?

まあ、そういうところもまだまだあるけれど
町を走るバスは新しくなって、ガスくさい煤けた古いのはもう走ってなくて
なんとも爽やかなグリーンになってる。
MRTのダウンタウン線が全線開通して、特に Bugis あたりが様変わり。
Tanjong Pagar の駅も薄暗かったのになんだかおしゃれになってるし
China Town 駅前のごちゃごちゃは白線がひかれてなんとも整然として道も広くなった。
おりしも Maxwell のホーカーの駐車場が工事中で、
できあがったらここもすっきり爽やかになるんだろうかと。
インスタ流行りの影響か、妙に鮮やか色の壁が増えた。
Rochor River 沿岸はきれいな遊歩道になった。
Suntec City もすっきりした。
町のあちこちにあった緑の空き地はずいぶん減ってしまったけれど。
そんな変化を感じながらも、すぐに馴染んでしまう私たちであった。

MCI (もうMICAではないらしい・・)


とはいうものの、今回は久しぶりに王道のものを食べたくなり・・

連れて行ってもらったけど JUMBOでチリクラブ、Little India で Fish head curry、
と、高級中華を何度か。
プラス鼎泰豊の飲茶、肉骨茶、ホーカーで板麺、蝦麺、ローミー、ワンタンミー、ついでにオンデオンデも買い食い。お腹いっぱいすぎてかき氷はお腹に収まらず。
女子同士では、フレンチのランチにも。
ああ満足だ。

これはブラックペッパークラブ


で、いつものごとく、ムスタファとスーパーで大量に買い込んで
帰りのスーツケースは異常に重くなるのであった。

久しぶりにやってきても、こうして歓待してくれるシンガポーリアンがいて
古い友達がいて、懐かしい町があって。

やっぱりペラナカンは可愛い




現地採用で働いてPRで家まで買って住んでる元旦那の同僚とか
中華系ローカルとか、ローカルと結婚した日本人友とか
そういう人たちの話を聞いてると
日本も大変だがこっちも大変だと。
なんとなく楽しいのはシンガポーだけど、楽なのは日本だなとか。


金、金、金、お金持ちでないと意味がない、みたいな暮らしはしんどいよね。

ナショナルデーの装飾かね




2017年11月23日木曜日

Save the Phoenix of Hiroshima

(English is below)



以前からご縁があって、翻訳でお手伝いしている立命館大学平和ミュージアム

そこでボランティアガイドをされているT女史からのお話で
今回は、米国はLAデルタに沈んじゃっている反核で世界を廻ったヨットを引き上げようのプロジェクトに関わっています。


広島名誉市民になられた平和活動家の故バーバラ・レイノルズさんと
戦後、米国政府の依頼で広島被爆者の研究をしていた故アール・レイノルズ氏の
子供であるテッド・レイノルズさん、ジェシカ・レンショーさんらによって
このヨットを引き上げて、平和のシンボルとして保存しようということになっています。


バーバラ・レイノルズさんの記念碑(広島)
Memorial to Barbara Reynolds in Hiroshima



大きな川の底に沈んでしまっているので
引き上げるのはそう簡単ではないそうですが
全世界から募金を集めてこのプロジェクトを成し遂げようとしています。
そして、引き上げたヨットを修復して展示などのために保存するには
さらに莫大な金額がかかると予想されています。


現段階では、米国内での募金活動を広めるためのウェブサイトがあり、
そこにはこのヨットがどのような経緯を得てどのような活動をしてきたのか
なぜ、今これを引き上げようとしているのかなど詳しく書かれています。

URLはこちら👇













来月12月には、反核活動家のヘレン・ジャカードさんが米国より来日され
東京から福島、京都、広島、長崎などを講演などで廻られます。
その間、フェニックス・オブ・ヒロシマについても募金活動をされる予定です。


が、残念ながらまだ日本語でのサイトや募金の方法などが確立されておらず
これからの数週間で準備をする予定でいます。
とりあえずは、メンバーのブライアン・カウデン氏が制作された
フェニックス号とそしてその活動に関わった人物たちの動画に字幕をつけるところから始めました。


もちろん、英語でも可能な方は是非 HP をご覧になって
賛同いただけるようであれば募金をお願いします。
ページ上の "Donation" をクリックしていただければ PayPal サイトにリンクします。


フェニックス・オブ・ヒロシマ号
海に浮かんでいる最後の姿
The last photo of Phoenix of Hiroshima afloat


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I've translated from time to time for Kyoto Museum for World Peace for more than eight years.Through a volunteer guide of the museum, Ms T, now I'm working with the project for salvaging a yacht which used to voyage around the world protesting against the nuke. And she is now deep sunken in the LA delta.


By peace activists including Ted Reynolds and Jessica Renshaw, who are children of late Barbara and Earle Reynolds, the project is underway to salvage and preserve this yacht as a peace symbol. Barbara was renowned activist and became honorable citizen of Hiroshima, Earle was the anthropologist who researched A-bomb victims in Hiroshima by order of the US government after the WWII.


Although it is not so easy to raise the boat as it rests on the bottom of a large river, they are dedicating themselves to achieve this project by raising a fund all over the world.
And to restore and preserve the sunken yacht, they have estimated that it requires a much larger amount.


There's a website for this fund raising where you can find details including what this yacht went through, how it was used for nuke protest, and why they are trying to raise it right now.

Here is the URL👇







If you share their commitment to preserving history and promoting peace, please consider donating today. 

Thank you.