もともとうちの家系は顔が濃い。
背が高く、手足も長い、髪も細くてくせっ毛だ。
両親も祖父母も、その世代にしては大きいし
兄貴も、細っこいくせに肩幅が広くて身長以上に大きく見える。
が、まあ、みんなフツウに生きている、当たり前だけど。
が、なぜか家族の中で私だけ、子供の頃からいつも外国人に間違われる。
空港や観光地では当たり前、海外でも日本人とは思われないし
両親や旦那、友達と一緒にいても、はたまたひとりで居ても
電車の中や町の中でも、それはやっぱり起こる。
そんな間違われ回数は国境をまたいで数え切れず
オモロ話も後を絶たず。
実家に来たセールスマンに、なぜこの家には「アメリカ人」がいるのかと聞かれた母が
あれはホームステイしている近くの大学の留学生だとテキトーに答えた件。
(なぜ「アメリカ人」限定なのか?)
毎週会っている人が、数ヶ月間ずっと私のことを日本語のうまい外国人だと思っていた件。
寺社仏閣に行くと必ず英語のリーフレットを渡される件。
外国人観光客が以前よりも多くなってから
そして私がシンガポールに住むようになってから
それはまたより多く起こるようになり。
もちろんこの歳にもなると、自覚もいい加減あるので
できるだけ皆さんに勘違いをさせぬよう
できるだけ日本人っぽい立ち居振る舞いをしてみたり
できるだけべたべたの関西弁をハッキリ話してみたり。
それでも、やっぱり起こる。
そしてなぜか「英語」で話しかけられる。
でも、これっておかしくはないか?
見た目がどうであれ、相手が普通に日本語(しかも関西弁)で話しているのになぜ?
それに、外国人と言っても全世界の人が英語を話せるわけではない。
実際、英語より日本語の方が得意な外国人を私は知っている。
つまり
どうも自分たちとは違いそうな人間を見ると
あまり巡ってこない機会をここぞとばかりに生かすために
せっかく通っている英会話教室で習ったフレーズを使うために
「英語」で話しかけたくてウズウズしている輩がいっぱいいるのではないかと。
相手のために話しているわけではなく、あくまで自己満足なのではないかと。
見た目も中身も英語圏外の外国人だけど日本語が母国語並みに話せる人が
自分は日本語で話しているときに、へたくそな英語で返答されたらどう思うだろう。
ちなみに私は、日本在住の外国人とは日本語で話すようにしている。
彼らは彼らで努力しているし、それが礼儀だと思うから。
本当の意味での国際感覚って何なんだろう?
英語で道案内ができるってことだけではないはずだと思うこの頃。
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